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札幌地方裁判所岩見沢支部 昭和45年(わ)3号 判決 1970年2月25日

被告人 秋葉和子

昭一二・二・七生 無職

主文

1  被告人を懲役一〇年に処する。

2  未決勾留日数中、三〇日を右刑に算入する。

3  押収してあるタオル一本(昭和四五年押五号の一)を没収する。

理由

(認定事実)

被告人は、昭和四〇年四月ごろ、炭鉱夫秋葉正雄と結婚してその先妻との子秋葉和明(昭和三五年五月一六日生)との三人で暮すようになつたものであるが、初めから和明には愛情を感じなかつたばかりか、同人に小児手淫の行為がみられたなどのことから同人に対し嫌悪の情さえ抱いていたところ、昭和四一年二月に夫との間に長女優子が生まれ、同女が成長するに従つて同女に対する愛情が深まる反面、継子の和明を嫌悪する気持が強まつて、同人の存在を一層疎ましく思うようになつた。そうするうち、昭和四四年の秋ごろ、同人が、三度にわたつて自宅のタンスの中から無断で現金を持ち出したことがあつたうえ、再三の注意にもかかわらず同人の手淫癖が直らなかつたことなどから、被告人は同人に対し強い憎悪の念を抱き、同年一一月末ごろからは、いつそのこと同人を亡きものにして夫婦と優子の三人だけの生活を送ろうと考えるに至り、和明の殺害方法について種々考えをめぐらしたすえ、夜間同人の睡眠中これを便槽内に突き落し、同人が用便中過つて便槽内に転落して死亡したように見せかけることを思いつき、ためらいながらもその機会を待つうち、夫が夜間勤務で不在の同年一二月一九日夜、いよいよ右計画を実行しようとしたのであるが、その間際になつて、和明が大声をあげたりして犯行が露顕するのを防ぐためあらかじめ同人を絞殺したうえ死体を便所に投げ入れようと決意し、同日午後一〇時三〇分ごろ、三笠市弥生双葉町東一二丁目二舎の自宅三畳間で、熟睡していた和明の頸部にタオル(主文3の物件)を巻きつけて強く締めつけ、そのため意識喪失状態となり身動きしなくなつた同人をすでに死亡したと思い込んで抱きかかえ自宅便所内に運び込んだところ、たまたま床板に頭を打ちつけた同人が「おかあさん」と一声呼んだため、いまだ同人が死亡していないことに気付いたけれども、かねての計画どおり同人を殺害すべく、そのまま同人を便槽内に落し込み、よつて、間もなく同人を右便槽内で、糞便吸引により窒息死するに至らしめて殺害したものである。

(証拠)(略)

(法令の適用)

被告人の行為は刑法一九九条に当るので、所定刑中、有期懲役刑を選択する。

同法二一条(主文2)。同法一九条一項二号、二項(主文3)。刑訴法一八一条一項但書(訴訟費用は負担させない)。

(弁護人の主張について)

弁護人は、本件犯行が動機も薄弱であり、方法も幼稚であつて、常人の行為とは考えられないところ、被告人は軽愚に当る精神薄弱で精神年令も八才五ヶ月に過ぎないのであり、合わせて異常性格を有しているのであるから、本件犯行時、心神耗弱の状態にあつたと主張している。

医師中江孝治作成の精神鑑定書によれば、被告人は、乳児期に罹患した麻疹脳炎のため、弁護人主張のとおりの低知能者であり、また偏執的攻撃的異常性格を合わせ持つていることが認められる。しかし、被告人の当公判廷での供述態度及びその内容からは、同女の精神活動が通常人に比べてさほど劣つているとは思われないし、その生活歴に照らしても、大きな支障なく社会生活を営んできたことが明らかであり、また、被告人の夫、その他近隣の者たちの供述にも、格別、被告人の能力が著しく劣つているとみられたり、異常な行動に出たことを窺わせる事実は見出されない。被告人には、社会生活上必要な判断力が一応は備つていたというべきである。

もつとも、本件犯行に至る経緯をみれば、右のような被告人の知能の低さと性格の偏り、ことにその後者が本件犯行を被告人に決意させるにつき多分に影響を及ぼしたことは否定できないけれども、犯行に至るまでの被告人の心理の動きは常人には考え及ばぬ異常なものというわけではなく、また、被害者を殺す計画を立ててのち、夫が夜間勤務になつた犯行前の四日間は、毎日、今日こそは実行しようと思いながら、いざとなると被害者の苦しむ顔を想像して計画遂行に着手できなかつたり、犯行直前に細紐で絞殺しようと思つたけれど、被害者が痛がるだろうとタオルに変えたり、発覚をおそれて幼稚ながら種々偽装工作をしているのであつて、これら犯行前後の被告人の行動に前記の諸点を考え合わせれば、被告人が、その犯行時に、是非を弁別しその弁別したところに従つて行動する能力がなかつたとも、著しく減退していたともいえないことは明らかである。弁護人の右主張は採用できない。

(量刑について)

本件は、いたいけな九才の児童を、首を締めたうえ、便槽に落し込んで窒息死させるという、残虐きわまりないものであつた。おそらくは被告人のことであろう、「おかあさん」と呼んだ被害者を、その直後、糞便の中でもがき苦しませ、肺のすみずみまでこれを吸引させて死なせた残忍な被告人の行為には、何人も戦慄を禁じえないであろう。そこに人間らしさのひとかけらも見出すことはできない。

被告人の夫や近隣の者たちが口をそろえて供述しているとおり、被害者は、おとなしく、ききわけのよい子供であつたと認められ、被告人が継母であるために、とくに、反抗したり、ことさら被告人を困惑させ、悲哀を感じさせるような行為に出たことを窺わせる証拠は全くない。却つて、同人は被告人に対しては遠慮がちであり、被告人が意識的にいわゆる「継子いじめ」をしたのではないとしても、実子の優子に対しては眼の中に入れても痛くない程のかわいがりようであつたのに、被害者にはつらく当つているとしか思われないような冷淡な接し方をしたのに対し、これを父親に告げ口するでもなく、じつと耐えていたと認められるのである。なるほど、被害者は、時には金銭を持ち出したこともあつたけれども、買食の癖があつたわけでもなく、学用品などを買うため自分の貯金箱等に隠し持つにとどまつていたのであつて、憎しみを抱くほどのものではなかつた。また、小児手淫が習慣化していたとしても、もし同人が実子であつたなら、このために同人を憎むことは考えられないのである。継子であるが故に、被害者のすることに理屈抜きの嫌悪感を覚え、実子の優子が生まれ、成長するにつれて同女に対する愛情が深まる反面、被害者が邪魔になり、被害者の存在そのものに対する嫌悪の気持がこうじた末、被害者のこれらの行為を契機として、被害者に対する強い憎悪の形となつてあらわれたものと認めるのが相当である。このように被告人は、我子かわいさのあまり、何ら罪とがのない被害者の貴重な生命を奪つたものであつて、その動機にはほとんど同情の余地がないのである。そして、本件は一か月近くも熟慮を重ね、偽装工作をこらして敢行された計画的なものであつて、被告人の責任はきわめて重大であるといわなければならない。

たしかに、前述のとおり、被告人が本件犯行を敢行した背景には、責任能力に影響を及ぼさないまでも、被告人の知能の低さや前述の異常な性格が潜んでいることは否定できず、このことが量刑に当つて考慮に入れられるべきことはいうまでもない。しかし、本件犯行をもたらしたものが、被告人の努力を以てしては如何ともし難い低知にあるというよりは、むしろ、その異常に偏つた性格にあること前述のとおりであつて、このような性格形成に与つた被告人の生活態度にも問題の一端があつたというべきであるのみならず、また、この性格矯正のため充分な教育期間がとられなければならないという面もあるのであつて、右のように被告人の精神面に欠陥があるからといつて、ただちに刑を大巾に軽減することは許されないのである。

そして、本件は一家庭内の出来事ではあつたけれども、被害者の両親に与えた悲しみは測り知れぬ程大きく、社会の人々に与えた衝撃もきわめて大きかつた。また、とかく幼い生命を犠牲にしてはばからない風潮が近年若い親たちの一部に見受けられないでもないことを考え合わせるならば、一般予防の見地からも被告人に対しては厳しい制裁が加えられなければならないと考える。

以上述べたところを総合すれば、検察官は懲役七年を求刑しているけれども、この刑が軽きに失すること明らかであるので、その他諸般の情状を合わせ考え、主文のとおり、被告人に対しては懲役一〇年の刑を科するのが相当であると判断したのである。

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